ビスの話

今日は取材で気付いた出来事のお話です。


皆さん車の修理をご自身でした事がおありでしょうか。


車はさまざまなパーツをビスやナットを使用して組み立てられています。


例えば内装を外すとき、多くはプラスのドライバーを使ってパネルを外します。

あるいは樹脂を利用して作られたクリップを外すことも。

部位によっては六角ナットをレンチを使用して外したりもします。


そんな車のパーツを固定するネジの話です。


ある時、イベントで知り合ったプリンススカイラインGTB(S54B)のオーナー氏と談笑していた時の話。


「こないだ工場でいろいろと直したんです」とオーナー氏

「どのあたりに手を入れたのですか」

「主にエンジン廻りなのですが」


オーナーに促されてエンジンルームを除くと、かまぼこ型のヘッドを持つ6気筒エンジンに目が行く。

プリンスの誇るG型エンジン。もともとグロリア(S41系)に積まれていたものだ。


このエンジンを積むためにエンジンルームに挿入されたモノコックのブロックが目立つ。そしてメカニカルなウェバーキャブ。


レースに勝利するために急遽作られたというスカイラインGTの逸話はあまりにも有名だ。


そしてオーナーにより新たに手直しされた部分にも目が行く。


リペイントされたつややかなコアサポートにキラリと光るやや鈍い金色のビス、ナット類。


旧車のエンジンルームにはおなじみのものだ。

ふとエンジンルームの奥に目をやると、見慣れない物に気づく。


やや白錆びた風体のそれは古いビスのようだ。ただしマイナスのヘッドをしてる。


「これはオリジナルのビスですか?頭がマイナスに切ってありますが」

「そうなんです。オリジナルはマイナスのビスが使われているんですね」


よく見ると所々にこの古いビスが見え隠れしてる。

きっと頻繁に取り外される部位ではないのだろう。


「マイナスのビスとは珍しいですね。車に使われているのは初めて見ました」

と水を向けると


「そうですか?意外ですね。古い時代の車はみんなマイナスのネジが使われています」


そのように言われた私はいささか驚いた。

というか今までそれを意識してエンジンルームを見た事がなかったのだ。


「いつの頃からプラスネジに変わったかわかりませんが、この頃はマイナスだったようです」


「ハコスカ(C10)あたりからプラスに切り替わったのかな?」


「そうでしたか」


どうも旧車乗りにはおなじみの話だったようで、初めて知った私は恥じ入るばかりだった。


それから数ヶ月ののち、あるイベント会場でポルシェ356オーナーの初老の紳士に取材する機会を得た。


「以前356のイラストを描いたことあるんですよ」


このフレーズにオーナーは気さくに話に応じてくれた。

聞けばオーナーズクラブのメンバーで、長く所有しているという。

「これは356Bですね。ブレーキがドラムなのでこちらとは違ってるでしょ」

とご自身の愛車(356C)を引き合いに私のイラストの解説をしてくれた。

ディスクブレーキになったC型と異なり、B型のホイールキャップは中央部が円錐ぽく凸形状している。


「そうなんですね・・」と応えつつ車のある部分に目が釘付けになる。

それはポルシェではおなじみの、丸形ヘッドライトのカバーを止める円形の金属のリングであった。


問題はそれを止めるビスで、全てマイナスなのだ。


「ここマイナスのビスなんですね」

「そうなんです。この時代の車はマイナスビスが使われていて・・」


再び聞くこのフレーズを前に頭の中では少し違う事に思いを馳せていた。


そうだ。自分が前に描いたイラストの中のビス。果たして正しく描いていただろうか?


以前54オーナーから聞いたビスの話を迂闊にも、私はそのまま受け流してしまっていたのだ。


恐る恐るスマホの中にあるイラストの356を拡大してみると・・・


「しまった。どうもビスを間違えて描いてしまっていたようです」


本来マイナスのビスで描くところをプラスで描き上げた不明を白状すると

彼は気にも止める様子はなかった。


取材から帰宅すると、私はいてもたまらずそれを確認する事とした。


私が描いたイラストのもととなった、以前取材したポルシェ356Bの資料写真。

その車のヘッドライトカバーを止めるビスがプラスネジかマイナスなのか。


果たして結果はプラスネジであった。


つまり私は忠実に資料写真の通りにイラストを描いていたわけで、それは正しくもあり、間違いでもあったのだ。


それからまた後日、ある旧車イベントで取材中またもポルシェ356に遭遇する。


図らずもヘッドライトカバーを止めるビスを確認すると、プラスのビスで止められていた。


「あっ・・」と思い、そばにいたオーナーに目を向ける。


オーナーは若い方で、おそらく30歳くらいであっただろうか。

私は言葉を飲み込み声をかける。


「素晴らしい車ですね。写真頂いてもよろしいですか?」


快く応じてくれたオーナーに感謝しつつ写真に収め、その場を去ることとした。


古い車のオーナーは皆、気の良い方ばかりだ。

その行いが通じたのかこの日もそのまた前の時も、澄み渡るような快晴だった。

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